★JR東海さわやかウォーク@関西 「大学を巡るアカデミックコース 学問の神様・北野天満宮を目指して」 1/21
久しぶりにJR東海主催のウォーキングに参加しました。JR東海の「さわやかウォーク」は今年で25周年となりますが、東海地区外企画の「さわやかウォーク@関西」も、今年で5周年となります。地元関西の団体が主催するウォーク企画は、毎年似たり寄ったりのものが多くて、さっぱり新鮮味がありません。「さわやかウォーク@関西」は、名古屋など東海地区のウォーカーさんに関西まで来てもらえるようにと、結構面白い企画があるので、関西人の私も
楽しみにしているウォークの一つです。今回はアカデミックコースと銘打って、京都市内の学問と関わりのある地を巡り歩くフリーハイキングでした。
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朝9時、JR京都駅・新幹線八条口のJR東海「さわやかウォーク」受付にてコース地図を貰い、すぐに京都地下鉄に乗り替え、スタート地点の丸太町駅に行きました。地下鉄・丸太町駅改札口にもJR東海のスタッフさんが10人ほど待ち受けておられました。準備を整え、9時30分スタートです。
堺町御門から京都御苑に入ると、京都御所・建礼門 が真っ正面に見えます。
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仙洞御所(大宮御所) の南手から寺町御門へ出て、鴨川の荒神橋を渡ります。朝から小雪が舞っていました。
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左手に京大の医学部、右手に薬学部と京大病院の建物が建ち並ぶ 近衛通り を東進します。
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東山通りに出て北上します。本日の1番目のポイント・京都大学総合博物館 に到着です。今回は私の興味をひくような企画展示もなくてスルーしました。小雪も収まり太陽が見え隠れして来ました。百万遍から今出川通りを西へと進み、出町柳に出ます。ここでちょっとコースを外れて寄り道です。
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糺の森(ただすのもり)の中の表参道を通り抜けると、下鴨神社・楼門 です。正式名は賀茂御祖(かもみおや)神社と云い、祭神は八咫烏で有名な賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)です。
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境内の中央に位置する 舞殿(重文)。葵祭の時、天皇の勅使が御祭文を奏上され、東游(とうごう)の舞いが奉納される場所です。境内の片隅には、まだ積雪が残っていましたが、残念ながら雪景色の美しい神社姿は見られませんでした。
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再びウォーク・コースに戻り、今出川通りを西へと進みます。コース重要地点には、道案内役のJR東海のスタッフさんが居られ、所々にはコース進路を示す標識が取り付けられています。
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同志社大学・今出川キャンパスの正門から校内へと入ります。クラーク記念館前を通り‥
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本日の第2ポイント・同志社大学ハリス理化学館 に到着です。NHK大河ドラマ「八重の桜」の時に作られたキャラクター・八重さん(新島襄の奥様)がお出迎えです。館内の展示室をゆっくり見学しました。
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白峰神社などに立ち寄りながら、更に今出川通りを西に進みます。西陣 の石碑が建つ所が‥
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本日の第3ポイント・京都市考古資料館 です。館内に入り、縄文・弥生時代からの京都市内で見つかった埋蔵発掘物などを見学しました。初午(はつうま)が近いので「狐の土人形」が特別展示されていました。江戸時代の京都の遺跡からは、必ずと言っていいほど狐の土人形が出土しており、稲荷信仰が普及していたことが窺えます、との説明でした。
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北野の手前でまたコースを外れて、回り道をしました。上七軒(かみしちけん)を歩きます。京都には祇園甲部、宮川町、先斗町、上七軒、祇園東の5つの花街があります。各花街ごとに舞妓や芸妓が所属し、毎年、踊りが催されますが、上七軒は「北野をどり」と呼ばれます。
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今回のウォークでは4つのポイントを廻って、最後のゴールとなるのが、この 北野天満宮 でしたが、私たちは第4ポイントとゴールを入れ替えて、先にゴールの北野天満宮に行きました。
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学問の神様・菅原道真を祀る北野天満宮です。受験シーズンのこの時期は、合格を祈願する人たちで参拝の長い行列が出来ていました。
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境内に設けられたJR東海さわやかウォークのゴールポイントです。
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ゴールチェックして記念のバッジを貰いました。本日の日付入りの特製バッジでした。
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北野天満宮から平野神社を経て、金閣寺から竜安寺への「きぬかけの路」を歩きますと立命館大学・衣笠キャンパスです。
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本来なら本日の第4ポイントでしたが、私たちのゴールとした 立命館大学・国際平和ミュージアム です。
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館内を見学します。左は「わだつみ像」‥
全国の戦没学生が遺した手記を集めて刊行された「きけ わだつみのこえ」は大反響を呼び、その収入基金をもとに、日本戦没学生記念会(わだつみ会)から本郷新氏に制作依頼された不戦のシンボルです。当初、東大に設置される予定でしたが、東大がGHQを恐れて拒否したため、当時の立命館総長・末川博が受け入れて、1953年に立命館・広小路キャンパスに設置されました。しかし全国的に学園紛争が多発した1969年に、全共闘を名乗る集団に破壊されました。1976年に再制作されて、今は衣笠キャンパスの国際平和ミュージアムに置かれています。
右は「ムッちゃん平和像」‥当時、国民学校6年生(12歳)だったムッちゃんは、横浜で空襲にあい、母と弟は行方不明となって、大分市のおばの家に預けられますが、結核を患い、病気がうつるからと防空壕で寝起きさせられ、戦争が終わったとも知らず防空壕に一人取り残されて飢えと孤独の中で寂しく亡くなりました。ムッちゃん最後の様子が新聞で伝えられると、大きな反響を呼び、全国から寄せられた基金で、村上柄人氏が像を制作し、大分市の平和市民公園に設置されました。2005年、村上氏の遺族の意思で、原像が国際平和ミュージアムに寄託されました。館内1階ラウンジには、他にも漫画家・手塚治虫氏の「火の鳥」の2つの大壁画が飾られ、平和への希求と実現を呼びかけています。
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立命暗大学前を始発とする市バスに乗ってJR京都駅に戻りました。本日は土曜日で観光客も多く、北野天満宮をゴールとした人たちは、満員のバスに乗れずじまいの人も多かったです。私たちのゴール変更作戦は成功で、始発からのバスでゆっくり座って京都駅まで帰ることが出来ました。本日の歩程は、寄り道も含めて 15.4km でした。