2/23は「富士山の日」です。毎年この日には関西各地の「ふるさと富士」に登るのを恒例にしてきたのですが、足もまだ完治していない今の私には無理は出来ません。天気予報によると、2/23 は雨とのことでしたが、前日(2/22)は天気が良くて、「ふるさと富士」でなくても、近郊の低山くらいには登りたいと云う気持ちになってきました。昼頃から短時間でサッと登れるような山を思案していたら、大国見山(おおくにみやま)が頭に浮かんできました。すぐにザックを車に放り込んで出発です。
★個人ウォーク 「大国見山に登る」 2/22
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大国見山 の頂上にある標識です。大黒様らしき絵が描いてありますが、大黒様とは関係ないように思います(この絵はシャレなんですかねぇ)。山名の由来は聞いたことがないのですが、天理には奈良市との市境に、国見山がありますので、それと区別するために「大」国見山と呼んだのではないかと推測しています。
<訂正・追記
> その後の調べで関連のありそうな記録を見つけました。大国見山は、桃尾の地にあったので桃尾山(とびのやま)とも呼ばれていたそうで、これは神武天皇の鳥見山(とみのやま)伝称地の一つであったようです(呼び方もよく似ています)。また桃尾山の山中には「小字大国見」と云う地名があったと云う記録も残っているようで、これが大国見山の由来ではないかと思われます。従って、この絵は大国様ではなくて、神武天皇とみるのが正しいように思われます。
ところで、最近は写真のように、何処の山でも山岳同好会などが自分たちで作った頂上標識を持ち込んで設置しています。それはそれで結構なのですが、大国見山には以前、頂上に「大国見山500m」と大きく書かれた看板が立っていたのですが、2m切り上げての標高表示はさすがに評判が良くなかったのか、今回登ったときには見当たらず撤去されたようでした。
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行き掛けの駄賃で、某所へフクジュソウ(福寿草)を見に行ったのですが、全く影も形もありませんでした。仕方なく 白川溜池(白川ダム) に立ち寄り、お昼でしたので、暖かい日差しの中で昼食としました。
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登山口である 桃尾の滝 に到着です。滝の落差は約23mで、春日断層崖の中では最も大きな滝です。布留(ふる)川の上流にあたり、地元では古くから「布留の滝」として親しまれおり、石上神宮の元社と云われる石上神社が近くにあります。中世には、この地は義淵(ぎえん)によって龍福寺が建立され、一帯は龍福寺の境内地で、後に弘法大師・空海によって真言密教の一大道場として整備され隆盛を誇っていたそうです。この滝は奈良県のパワースポットの一つになっているようです。
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滝周辺には、いろいろな石仏が残っています。(左)は不動明王三尊磨崖仏です。
矜羯羅童子(こんがらどうじ)・制多迦童子(せいたかどうじ)を従えた線彫りの不動明王で、鎌倉中期の作です。(右)は立て膝、頬杖姿の如意輪観音石仏。南北朝時代に造られた、伊派の名工「井野行恒(=伊行経)」の作です。両者とも仲々魅力的な石仏です。
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大国見山へは、この桃尾の滝から登ります。足に不安を抱えていた私は山の状態次第では登山を取り止めようと思っていたのですが、偶然出会った地元の方に尋ねてみますと「大丈夫、今日は滑るような状態ではないと思うよ」と言われたので、登ることにしました。簡易舗装の急坂がいきなり待ち受けていますが、急がずあせらず、ゆっくりと足元を確認しながら登っていきます。
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大国見山の中腹には昔は龍福寺と云う修験道の寺がありましたので、そこに至るまでの山筋には、磨崖仏や板碑、梵字碑など色々の石仏類が見られます。(左)地蔵磨崖仏などの石仏群。(右)南北朝時代の不動明王磨崖仏、いいですね。
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江戸末期まで隆盛を誇っていた龍福寺も、明治の廃仏毀釈で取り壊され廃絶してしまいます。その阿弥陀堂跡に、大正時代になってから 大親寺(左) と云う寺が建てられました。右手の山裾に 龍福寺跡の石碑(右)が建っています。
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龍福寺跡からは、いよいよ本格的な山道に入ります。朽ちた木橋を幾度も渡ります。足を踏み外さぬように、しっかりした部分を確認しながら進みます。
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小さな沢を歩き(水が殆どなくて助かりました)、岩肌が削られた石の道を滑らないように慎重に登ります。
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尾根道に出ると、途中2箇所ほど、岩屋町方面に下る分岐点がありますが、ひたすら山頂へと進みます。
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山頂と見間違うピークを回り込みますと、いよいよ山頂への急登が再び現れます。木の根っこに足をとられぬように、また、積み重なった落葉や石の上は滑りやすいので注意をしながら登っていきます。
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大きな岩石がゴロゴロ見え出してきますと、山頂も目前です。
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大国見山(498m)の山頂 に到着です。頂上にある小さな祠の周囲にある幾つかの石には「御山大神」等の名前が刻まれていたり、供物を備える穴が掘られていて、ここが磐座(いわくら)であったことが伺えます。
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頂上までは樹林に囲まれ全く見晴らしも楽しめない登山道ですが、頂上の一角、北西方面だけは開けています。
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頂上からは、北の奈良・若草山から西の二上山あたりまで、90度の展望が望めます。丁度真ん中あたりの、北西方面に生駒山が、眼下には天理市の旧シャープ研究所の建物群と、先ほど昼食を食べた白川溜池(ダム)が見えていました。
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小さな祠の先端には穴の開いた岩があり、その向こうに天理市街が広がっていましたが、霞んでいてはっきり見えません。岩の穴は、昔、烽火(のろし)をあげた時の油壷だったそうですが、どんな時に烽火を上げたのかは不明です。大国見山は、標高的には低い山で、山頂までの登頂時間も僅か45分~1時間程度ですが、結構急坂が多くて、特に頂上近くでは木の根や岩が邪魔をするなど、それなりの注意が必要です。頂上で一服した後はピストンで桃尾の滝へと戻りました。
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下山後は、石上神宮 に立ち寄り、帰途につきました。大国見山ピストン登山のみの歩程は 2.8km でした。