朝10時頃に今日は天気が良いと分かると、遅ればせながら近郊へ歩きに出掛けるパターンが続いています。4月下旬の整形外科・定期受診で、骨折のインプラント(スクリューとプレート)を取り除く最終判断がなされ、再手術日が決まる予定です。恐らく、又しばらくは歩けなくなるでしょうから、今のうちに歩いておきたいと云う気持ちが強いです。
★個人ウォーク 「春日山遊歩道から柳生街道・滝坂道を歩く」 2/28
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10時45分、鴻池運動公園からスタートし、聖武天皇陵、東大寺を経て春日大社まで行きます。そこから今日のメイン・コースである春日山遊歩道・南コース(図の下方緑線部分)を歩きます。首切地蔵(右下)までは登り坂です。首切地蔵は標高351mの所にあり、若草山(図の上方、342m)より高いです。首切地蔵で Uターンし、復路は柳生街道・滝坂の道(青線部分)を下って、春日大社へと戻ります(地図は奈良県公式ホームページより借用しました)。
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12時20分、春日山遊歩道・南入口 より、春日山原始林に入っていきます。
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南部交番所
春日山遊歩道には3ヶ所の交番所があります。こんな山中に交番が?と驚く人もおられますが、交番所と言っても警察の交番ではなく、ドラブウェイや遊歩道を監視している係員の詰所です。
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五色の紅葉。春日山遊歩道は紅葉の名所で、秋の紅葉シーズンは遊歩道全体が黄色や赤色に染まったモミジのトンネルと化します。今の時期はひっそりとして殆ど人影はありません。一般車両は通行出来ませんが、パトロールの車が走行できるように道は整備されていて、ゆるやかな上り坂が続きます。
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遊歩道入口から歩くこと、約30分で 妙見宮 に到着です。明治末期につくられた寺院です。ヒマなので、幾つもある長い石段を登って奥の本堂まで行って、また戻ってきました。
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13時10分、三本杉跡休憩舎 に到着、ここのベンチで昼食としました。
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13時40分、首切地蔵への分岐点に到着。ここで春日山遊歩道と別れて、右の小道を下ります。
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首切地蔵休憩舎 に到着。本日2組目のウォーカーさんたちと出会いました。ここから柳生街道です(現在は東海自然歩道に組み込まれています)。柳生街道は、奈良と柳生を結ぶ山越え街道ですが、中間地点の
忍辱山円成寺(にんにくせん えんじょうじ)を境にして、柳生側を柳生街道・剣豪の里コース、奈良側を柳生街道・滝坂の道コースと呼ばれます。
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休憩舎の前に建つ、滝坂地蔵石仏
鎌倉時代後期の作で、像高 182cm もの大きな石仏です。首の所で真っ二つに折損しています。柳生十兵衛の弟子だった荒木又右衛門が、試し切りをしたと伝えられていて、一般的には「首切地蔵」と呼ばれています。
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首切地蔵から滝坂道を下ると、やがて山道の上方に 滝坂弥勒・地蔵磨崖仏 が見られます。
鎌倉時代中期の文永2年(1265)の作で、中央に弥勒菩薩、左右に地蔵菩薩を配した三尊像です。東に向いていて早朝、高円山(たかまどやま)の頂から昇る朝日に真っ先に照らされることから、朝日観音 と呼ばれています。
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滝坂道は、北の春日山と南の高円山に挟まれた谷筋の道で、能登川の渓流に沿った古い街道です。江戸時代には奈良奉行所によって石畳が敷かれました。
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左:滝坂弥勒磨崖仏。鎌倉時代中期の作で、南に向いていて夕日に照らされると美しいため、「夕日観音」と呼ばれています。撮った写真が手振れだったため、2013年に撮った写真に差し替えました。右:三体地蔵磨崖仏、南北朝時代の作です。
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更に滝坂道を下っていきますと、左の写真のように道の横にゴロンと大きな石が転がっています。そのままではよく分からないのですが、画像を右に回転してみますと(右の写真)、仏の姿が確認出来ます。石は上方の崖面から転落してきたままなので、仏も横向きになったままで「寝仏」と呼ばれています。柳生街道・滝坂道は石仏が沢山見られますが、奈良方面から上ってくると、最初に見られる石仏が寝仏です。今日は反対側から下ってきましたので最後の石仏となります。

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滝坂道から離れて、春日大社・奥の院道を経由して、春日大社 に到着です。回廊沿いにずらりと並んだ、青錆びた銅製の吊燈篭の美しさに魅了されます。
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手向山八幡宮の狛犬を楽しんだあと、東大寺・二月堂 に立ち寄りました。明日(3/1)から 修二会(しゅにえ)が始まりますので最後の準備点検が行われていました。
この法会は、現在では3月1日より2週間に渡って行われていますが、もとは旧暦の2月1日から行われていたので、二月に修する法会という意味で「修二会」と呼ばれるようになりました。また二月堂の名もこのことに由来しています。行中の3月12日深夜(13日の午前1時半頃)には、若狭井(わかさい)という井戸から観音さまにお供えする「お香水(おこうずい)」を汲み上げる儀式が行われます。これを「お水取り」と云いますが、現在では修二会全体を「お水取り」と呼ぶのが一般的になりました。しかし、お水取り自体は 3/12 深夜だけの行事です。
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二月堂では、この法会中、毎夜、大きな松明(たいまつ)に火がともされます。明日(3/1)からは、これを見学する大勢の観客が殺到します。
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沢山の大松明用の竹が出番を待っていました。この竹は当地近隣の京田辺市で伐採された真竹を使用します(
孟宗竹は節が短いので使われません)。竹送りは奈良坂を越えて東大寺・転害門で一休みしたあと、二月堂へと送り届けられます。
16時15分、鴻池運動公園へと戻ってきました。本日の歩程は 15.4km でした。