橿原市昆虫館へ行ったついでに、往路で藤原宮跡、復路で山の辺の道を歩きました。
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藤原京跡:日本で初めて建設された本格的な都です。持統8年(694)、持統天皇は飛鳥からこの藤原京へと遷都を決行。平城京遷都までの16年間、持統・文武・元明の3代天皇がここで、律令国家体制を推し進めました。藤原京は、東西5.3km、南北4.8kmで、その中心部に藤原宮があり、一段高い場所に大極殿がありました。現在、宮跡には原野が広がり、大極殿跡には基壇が残っているだけです。東方には 天香久山(あめのかぐやま)、その後方には音羽山が位置しています。
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藤原宮跡から西を見れば、畝傍山(うねびやま)、更に後方には金剛山などが見えます。
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藤原宮跡から真北には、耳成山(みみなしやま)が見られます。藤原宮は、大和三山である天香久山・畝傍山・耳成山を結ぶ三角形の中心部に位置します。
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藤原宮・大極殿跡のすぐ北の 醍醐池から見た耳成山。醍醐池には百羽近いカモたちが遊んでいて、藤原京跡では歩きよりも、もっぱら、この池で鳥撮りのカメラ練習をしましたが、なかなか上手く撮れません。
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山の辺の道へ移動:ここでは足慣らしのため、歩きに徹しました。毎度お馴染みの光景ですが、山の辺の道の中では、個人的に一番好きな 額田王(ぬかたのおおきみ)の歌碑 が立つポイントです。ここから 三輪山 を見ていますと、中大兄皇子(のちの天智天皇)が飛鳥から近江へと移転せざるを得ない中で、一緒に旅立った額田王の、飛鳥への望郷の心情が分かるような気がします。
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山の辺の道・景行天皇陵付近から見る西方の風景。左手前に大和三山、後方に金剛山から二上山までの金剛山系が一望できます。
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景行天皇陵の東南角から見た西方風景。卑弥呼(ヒミコ)の墓とも云われる箸墓(はしはか)古墳 や大和三山などが良く見えます。
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第12代・景行(けいこう)天皇・山邊道上陵(やまのべのみちのえのみささぎ)。墳丘長300m、全国第8位の大規模な前方後円墳です。景行天皇は本人の行績よりも、日本武尊(やまとたけるのみこと)の父 としての方が有名ですね。考古学的には、渋谷向山古墳(しぶたにむかいやまこふん)と云います。
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第10代・祟神(すじん)天皇・山邊道勾岡上陵(やまのべのみちのまがりのおかのえのみささぎ)。墳丘長242m、全国第16位の規模の前方後円墳です。考古学的には、行燈山(あんどんやま)古墳と云います。
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遥拝所の最前列から見た祟神天皇陵。初代・神武天皇と、それに続く欠史8代<第2代・綏靖(すいぜい)天皇 ~第9代・開化(かいか)天皇>までの天皇は、実在性が希薄であることから、祟神天皇を実在の可能性のある最初の天皇とされることも多いです。
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祟神天皇陵の北西辺りから見た 龍王山 です。祟神天皇陵の堀(水濠)にも色々な水鳥がいるのですが、すでに時刻は16時半となり、西日も大きく傾いてきましたので、ここで山の辺の道の歩きを終了し、帰途につきました。藤原宮跡では2kmも歩いておらず、山の辺の道の歩程は 5.2km でした。