「山の辺の道」では、歴史遺跡を巡るのも良し、花や自然を楽しむのも良し、無人販売所で季節の野菜や果物を買い求めるのも良し、ひたすら歩くのも良し‥勿論、ちょっとだけ散策するのも良しです。
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いつものように、奈良市から国道169号線で桜井市方面に南下します。特に目的もなく出掛けて来ましたので、どこへ行こうかと沿線各地のことを思案しながら運転していたら、ふと大国見山のハナミョウガのことが頭に浮かんできました。ハナミョウガの花期は5-6月頃ですから、今なら咲いているかも知れないと、大国見山登山口となる天理の「桃尾の滝」に行ってみました。滝の落差は23mで、春日断崖層の中では最も大きな滝です。桃尾の滝一帯は、藤原京から平城京に遷都された時代(和銅年中)に、義淵が開基し、行基が整備した龍福寺と云う寺の境内に当たり、中世には真言密教の大道場として栄えました。明治になって廃絶しましたが、阿弥陀堂跡に今の
大親寺が建てられました。旧境内には多くの石仏等が残されており、滝の中にも不動明王石仏が見られます。
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桃尾の滝周辺の石仏、左は 不動三尊磨崖仏(左)です。鎌倉時代後期の作で、板彫り式に彫り起こし、細部は線刻されています。奈良にある不動石仏の中では屈指の名品と云われています。右は 如意輪観音石仏(右)です。伊派の石工・ 伊の行経(行恒、ゆきつね)の南北朝時代前期の作品で、私の大好きな石仏の一つです。このあと、山に入ってハナミョウガを探しましたが、まだ蕾も出来ておらず、ここは諦めて次なる散策場所へ移動しました。
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169号線に戻り、更に南下します。景行天皇陵の北側にある水口(みなくち)神社の駐車場に車を置いて、「山の辺の道」周辺を探索することにしました。写真右手の森が 景行天皇の倍塚(=上の山古墳)です。
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景行天皇陵の東側(上記地図では上部が東側)の「山の辺の道」に出てきました。昼食をとったあと、この周辺の名前も知られていない小さな古墳巡りをすることに決めました。
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景行天皇陵は天理市の最南端地区にありますので、ちょっと歩きますと桜井市になります。最初に訪れたのは、珠城山(たまきやま)古墳群 です。古墳時代後期(6世紀)の前方後円墳3基からなる古墳群で、この地域を支配していた豪族の墓です。3号墳は1950年代のたび重なる土砂採取のため大部分が消滅してしまいましたが、1・2号墳は当時の姿をとどめています。1972年になって「国の史跡」に指定されました。古墳登り口から墳丘部に上がります。
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珠城山古墳群の墳丘上から見た1号墳の後円部の墳丘です。
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後円部の頂には、なぜか小さな稲荷神社が祀られています。この頂の下に 片袖式の石室 が南に面して開口しています。発掘当時は石棺と人骨も見つかったそうですが、今は空っぽで、自由に石室内部に入れます。
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2号墳と3号墳の間から見た三輪山です。纒向(まきむく)古墳群を見て「昔はホケノ山古墳にはオドリコソウが群生していた」ことを思い出し、下山後はホケノ山古墳に向いました。
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ホケノ山古墳 に到着です。でもオドリコソウの白い花は全く見当たらず、確かめようにも「まむし注意」の立て札があり、怖くて草地に入ることも出来ません。時期が遅かったのか、それとも駆除されたのか不明です。後方右手に見えるのは箸墓古墳です。
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ホケノ山古墳 は、
日本最古の前方後円墳です。築造は古墳時代前期(3世紀頃)で、纒向(まきむく)型前方後円墳=帆立貝式古墳 と呼ばれます。簡単に云えば、円墳に低く短い張り出しが付いた形状(上から見ると丁度ホタテ貝のような形)が特徴です。写真は前方部(東斜面)から検出された埋葬施設の復元です。墳丘が完成したあと、葺石をはずして、掘り込んで設置されたものと推定されています。右上が後円部の墳丘です。
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ホケノ山古墳近くから見た 箸墓(はしはか)古墳 です。丁度、JR万葉まほろば線(桜井線)の105系電車が通りかかっていました。最近の纒向(まきむく)古墳群の遺跡発掘調査からも、箸墓古墳はますます「ヒミコの墓」である可能性が高くなって来ています。
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小川塚西古墳(手前)と三輪山(後方)です。このあたりの小さな古墳は殆ど未調査で、この古墳も以前までは畑として果樹が植えられていました。築造年代や被葬者なども不明です。
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巻野内石塚古墳。やはり3世紀頃の纒向型前方後円墳の1つです。被葬者等は不明です。
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纒向古墳群を幾つか見て廻ったあとは駐車地へと、ゆっくりと戻ってきました。最後は駐車地横にある、渋谷向山(しぶたにむかいやま)古墳 です。4世紀後半の前方後円墳は、墳丘長300mの巨大古墳(全国第8位)で、初期ヤマト王権の大王の墓と目(もく)されています。宮内庁はこの墓を景行天皇の陵と治定し、第12代景行天皇・山辺道上陵(やまべのみちのへのみささぎ)と称されています。
今回はハナミョウガもオドリコソウも見られずじまいでしたが、久しぶりに古墳を巡り歩く散策となりました。ゆっくり歩行ながらも、痛みは余り感じることもなく、まずまずの状態でした。本日の歩程は 7.0km でした。