今年の桜は、開花から満開まで稀に見る早さで推移しました。しかも天候は、春特有の「花曇り」を通り越して、連日降雨が伴う、行楽には最悪のパターンでした。定例の健康ウォークも先月で終了。終了時には仲の良かった有志たちで、今後も定期的にウォークを楽しむことを約束し、第1回は4/3に行おうと日程だけ決めて別れました。

★健康ウォーク有志会 「伏見から淀へ 観桜ウォーク」 4/3

 半月程前に企画連絡が来て、”背割提の桜” を見に行くことになりました。天気予報では、4/3は午後から雨とのことでしたが、雨でも決行するむね再連絡があり、当日は傘をぶら下げて、集合地である近鉄・桃山御陵前駅へと電車で向かいました。24名が集まりました。

Fusimi01
 伏見・大手町商店街のアーケードを抜け、竜馬通り商店街を下ります。

Fusimi02

 坂本龍馬が常宿としていた 寺田屋 です。龍馬襲撃事件の舞台として有名です。現在は観光拝観のみですが、昭和50年代頃までは旅館として営業されていて、私も泊まった事があります。部屋には「弾痕」や「刀傷」と称するものが見られ、「お龍が入った風呂」もあったと記憶していますが、近年の調査では、幕末当時の家屋は、鳥羽伏見の戦いで焼失し、現在の家屋は明治38年に再建・登記されたものであると、京都市も公式見解を出しています。とすると当時、私が部屋で見た天井や柱の刀傷は、一体なんだったのでしょうか?今頃になって疑問を抱いています。また、坂本龍馬を襲ったのは伏見奉行所の捕り方たちであって、新選組は全く関与していないことも近年明らかになっています。

Fusimi03
 宇治川派流の京橋に建つ「伏見口の戦い激戦地跡」の碑。

Fusimi04

 宇治川派流をゆく十石舟(遊覧船)です。宇治川派流は、秀吉の伏見城築城に伴う建築資材を運ぶため、巨椋池の入江を改良し流路改修工事によりつくられた宇治川の運河です。江戸時代の川沿いには、問屋・宿屋・酒蔵が並び、米や薪炭・酒などを運ぶ小舟が往来していました。

Fusimi05
 満開の桜と柳が延々と続く遊歩道を歩きます。

Fusimi07
 伏見港にかかる「であい橋」。ここで宇治川派流と濠川が合流します。

Fusimi06

 であい橋の上から見る宇治川派流のサクラ並木。

Fusimi08
 新緑のヤナギと、淡紅色のサクラが、目にとても優しいです。

Fusimi09

 伏見にはよく来ますが、宇治川派流のサクラを見るのは初めてでした。静かな観光スポットで、思う存分、花曇りを堪能しました。

Fusimi10
 伏見港公園で小休止です。後方の橋は伏見みなと橋です。

Fusimi12

 三栖閘門(みすこうもん)。三栖閘門は、昭和初期に、水位の違う伏見港と宇治川を連続させて、船を通すことが目的で造られましたした。閘門式運河の代表であるパナマ運河の超小型版(伏見版)と云えばわかりやすいでしょうか。現在、隣に資料館(右手の白い建物)が併設されていて、その歴史に触れることができます。またここが遊覧船・十石舟の終点(下船地)にもなっていました。

Fusimi13

 こちらの閘門が、宇治川(左)との連絡口です。このあと宇治川の堤防上を歩き、淀・八幡(やわた)に向かいました。<続く>