龍田越(たつたごえ)奈良街道は、大阪と奈良を結ぶ街道の一つであり、斑鳩町から三郷町の龍田大社付近を越えることから「龍田(竜田)越え」と呼ばれます。大和川の亀の瀬を越える街道なので「亀背越(かめのせごえ)奈良街道」とも呼ばれます。今回は、大阪府柏原市から大和川をさかのぼり、亀の背から龍田大社を経て、奈良県王寺町まで歩きます。

★シルバー健康ウォーク12月例会 「龍田越え」 12/6

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 JR大和路線(関西本線)高井田駅を9時20分にスタート。まずは駅の北側にある、国指定史跡の 高井田横穴墓群 に立ち寄りました。総数200基以上の古墳(横穴墓)があり、その多くに、当時の線刻画が彫られていることで有名な古墳です。近隣には、平尾山古墳群や玉手山古墳群もあり、古墳マニアには必見の地区です。

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 高井田横穴公園からの展望。柏原市は、大和川を挟んで北側が高井田地区、南側が国分地区となる交通の要所です。遠方には二上山や金剛山が見渡せます。

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 古墳見物後は、大和川の国豊橋を渡ります。国分地区に建てられている 奈良街道の道標 です。

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 国分神社 に立ち寄り‥

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 再び大和川を渡ります。川端橋 は、大和川には珍しい吊り橋で、「青谷吊り橋」とも呼ばれます。橋がなかった頃は、ここに渡し船があり、川岸に夏目茶屋がありましたので、夏目茶屋の渡しと云われていました。先日歩いた交野市の、頑強で大きな吊り橋「星のブランコ」と違い、青谷吊り橋は小さくて、よく揺れて、仲々スリルがありました。

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 JR河内堅上駅を通り過ぎ、しばらくは大和路線沿いに歩きます。

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 大和川の最難関地「亀の背」です。以前にも触れたと思いますが、太古の時代、奈良盆地は水の流れ出て行く所がない大きな湖でした。二上山の度重なる火山活動と地殻変動により、この地区に亀裂が生じ、奈良盆地の膨大な湖水が、この狭隘な谷間から大阪湾に流れ出たのが大和川のはじまりです。この亀の背一帯は、太古より数えきれないくらい地滑りを起こしている難所でしたが、昭和42年の大規模な地滑り後に大々的な地盤補強が行われて、ようやく安定しました。向こう(大和川左岸)を走るJR線も、昭和初期まではこちら側(大和川右岸)を走っていましたが、昭和6年に起こった亀裂で、国鉄関西本線・亀の背トンネルは、崩壊し通行不能となり、南岸(左岸)の地すべりの影響の少ない位置に、新たにトンネルを掘って、迂回するルートに変更されました。

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 亀の背を過ぎると、柏原市の最東端・奈良県との県境近くにある峠八幡神社に到着です。神社の石段下の左手には小さな辻堂があり、地蔵菩薩坐像(石像)が祀られています。地蔵は殆どが立像で、坐像は余り多くはありません。鎌倉期から室町期頃の制作と云われています。この峠八幡神社周辺で昼食をとりました。

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 峠八幡神社 の紅葉。

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 峠八幡神社を発つと程なく奈良県となります。関地蔵、岩瀬の杜、JR三郷駅、神奈備神社などを見ながら、龍田大社に到着。拝殿前で小休止です。

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 龍田大社の西端から境内に入り、大鳥居から退出しました。

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 13時20分、JR王寺駅に到着、自由解散となりました。まだ時間も早くて、各々喫茶店などへ向かいます。私は立ち寄りたいところが一ヵ所ありましたので、先にそちらへ行き、用件を済ませたあと喫茶店で皆さんと合流、しばし雑談ののち帰宅の途につきました。最後に立ち寄ったところは、次回ブログで取り上げる予定です。

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 本日の歩程、JR高井田駅からJR王寺駅まで、私の最後の寄り道も含めて 12.0km でした。