昨日、福岡から駆け付けてくれた親友とはクラブもゼミも一緒でした。昨日はクラブのOB会でしたが、今日(11/27)は滋賀県在住のゼミ友1人も参加してくれますので、ゼミ仲間3人で京都を散策しました。
kyoto21
朝から生憎の雨となってしまいました。昼前に四条河原町・高島屋で皆と待ち合せ、雨の中をいろいろ巡り歩くのは大変なので、親友に「どこに一番行きたいのか」を訪ねてみますと、「建仁寺と祇園らしさが残る巽橋あたりに行ってみたい」と言いますので、彼の要望通りに訪ねることにしました。写真は 建仁寺・法堂の大双龍図 です。法堂の天井に、畳108枚分にも相当する大きな水墨画で、龍の特徴は阿吽の双龍となっていることです。ちなみに、京都五山+南禅寺の禅宗6寺の法堂の天井画の龍は、いずれも見事なものばかりです。作者別に古いものから挙げてみますと、相国寺の狩野光信(1605年作)、大徳寺の狩野探幽(1636年作)、妙心寺の狩野探幽(1656年作)があり、新しいものでは、南禅寺の今尾景年(1909年作)、東福寺の堂本印象(1934年作)、天龍寺の加山又造(1997年作)、そして建仁寺の小泉淳作(2002年作)となります。
kyoto22
とりあえず昼も近いので、ビールが飲める所で、まず食事をしよう!ということになり、繁華街を歩きますが、雨とは云え紅葉シーズンの日曜日です。どの店も観光客で満席で、とてもゆっくり出来るような店はありません。仕方なく、20分ほど歩いて観光客の余り来ない、私が京都へ行く時はよく立ち寄るお店へ付き合ってもらいました。少し待たされましたが、ゆっくりとビールを飲みながら食事をとりました。
kyoto23
食後は傘をさし、三条大橋を渡り、花見小路を南へと歩きます。若干迂回してしまいましたが、白川に沿って歩いていくと 白川・新橋 に出ます。巽橋ってあったかな?と不安がよぎりますが、親友が「ココや!」と言ってくれました。ココはTVでよく放送される場所です。観光タクシーや人力車なども見えましたから、ここに間違いないようです。
kyoto24
新橋を渡ると、道はV字形に二つに分かれます。V字の先端場所が 辰己大明神 の小さな神社です。右手が「祇園新橋伝統的建造物群保存地区」に指定されているお茶屋(置屋)街です。
一階は格子、二階は縁を張り出して「すだれ」を掛けているのが特徴です。雨にもかかわらず、今日は和服姿の女性と多く出会いました。ところでタツミ大明神はあったのですが、タツミ橋がどこか分かりません。
kyoto25
四条通りに向かう白川の小橋‥腰をかがめて、よく確認しますと 巽橋 と書かれていました。探していたのはココでした。何度も来ている所ですが、こんな小さな橋の名前まで覚えていませんでした。親友の持っていた観光ガイドブックには巽橋と、ちゃんと載っていました。ガイドブックにも書かれているとは‥これは覚えておかないといけません。
kyoto26
四条通りに出てきました。通りの奥に見える朱色の楼門が八坂神社、右手の赤い壁が 一力茶屋‥祇園の中でも格式の高いお茶屋です。元々の屋号は「万亭」でしたが、
歌舞伎の「仮名手本忠臣蔵」では、万と云う字を二つに分けて「一・力」として登場させたところ、芝居は大当たりして世に知られるようになり、実際の店の屋号まで芝居で使われた「一力」に変更されたそうです。
kyoto27
一力のある花見小路を更に南に進むと突き当りが、建仁寺・北門です。拝観受付には行列が出来ていて、雨なのに観光客がこんなに多いのにびっくりです。
kyoto28
堂内を順番に拝観します。まずは「方丈」前に広がる枯山水
大雄苑 を見て心を鎮めます。向こうは法堂です。
kyoto29
方丈内の襖絵2組:
いずれも海北友松筆による雲龍図です。
kyoto30
方丈内に飾られた建仁寺の至宝、俵屋宗達筆の「風神雷神図・屏風(国宝)」です。金地の二曲一双屏風の各々に風神と雷神を描いています。現在、ここに置かれているのは精巧なレプリカです。本物は京都国立博物館に寄託されています。でも、レプリカであろうとも、薄暗い部屋で、この屏風を見物しますと、間違いなく感動してしまいます。ともかく構図が素晴らしいです!画面の半分以上を占める金地の空間は、単なる空間でなく、無限の奥行きを感じさせて、風神・雷神の躍動感を増長し、迫力を与えているように思います。
kyoto31
方丈から庭園に出ます。安国寺恵瓊(えけい)の首塚 です。豊臣秀吉の毛利攻めの際、毛利家の外交役として秀吉と交渉し、のちに秀吉の直臣として伊予2万3千石の大名として取り立てられます。
恵瓊この頃に建仁寺の方丈移築や東福寺の庫裡再建などに力を尽くしています。関ヶ原の戦いでは、西軍の首脳として参戦しますが、西軍は敗れ、恵瓊は捕えられ、京都鴨川・六条河原で斬首されました
kyoto32
千利休の高弟・
長盛(ちょうせい)が好んだと伝えられる茶室です。長盛は真如堂・東陽坊の住職でしたので、この茶室は 東陽坊 と呼ばれています。写真を撮ったら、なぜか雨が丸い粒のように写っていました。
kyoto33
方丈から法堂(はっとう)に移動。冒頭の天井画・大双龍図に誰もが圧倒されてしまいます。
kyoto34
本尊・釈迦如来座像と天井狭しと躍動する双龍の姿。冒頭でも触れましたように、禅寺の多くでは、法堂の天井に龍が描かれています。法堂は仏法を大衆に説く場所であり、龍が法の雨(仏法の教え)を降らすと云われ、また龍神は水をつかさどることから「法堂を火災から守る」という意味も込められています。
kyoto35
法堂から方丈に戻る所から見た、大雄苑を眺める観光客たちです。
kyouro36
建仁寺を出て、四条大橋を渡ります。先斗町(ぽんとちょう)の入口を通り過ぎると木屋町です。最後は学生時代からお馴染の喫茶”ソワレ”でと、立ち寄ったのですが、順番待ちされるほどの満席で、諦めて四条河原町に出て、普通の喫茶店で雑談を楽しんだ後、再会を約して学友たちと別れました。